こんにちは、トキタマです。
突然ですが、プログラミングの勉強を始めようと思います。
そして、英会話にはさようならします。
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定期的にやってくる学習意欲の波
最初に断っておきますが、私は英語素養もプログラミング素養もほとんどありません。
だから
・社会人になったんだから英語くらい出来るようになりたい!
・スラスラっと英語を喋って周りに差をつけたい!
と思い立つことがあります。そして…
- 何かに触発されてやる気になる
- 勉強方法をググる(1日5分、最速、聞くだけ…など)
- 参考書を買ってやり始める
- なかなか時間が取れず上達もせずモチベーションが下がる
- いつの間にかフェードアウト
- 数ヶ月~数年程度の時を経て①へ
こういう学習意欲の波に襲われた経験はないですか?
もういい加減やめましょう。やるか、やらないか二つに一つです。
ちょっとかじって放置して忘れ、またちょっとかじって放置して忘れ…
これはハッキリ言って時間の無駄です。そう過去の自分に強く言いたい。
結局、勉強は短い期間で集中的に反復して記憶に刷り込み、それを日常にしていかないとスグに忘れてしまいます。だから、やるかやらないかを早急に決め、あとはそれに向かって勉強を進めるだけ。
手を付けても中途半端に辞めてしまえば、ブランクによってゼロにリセットされてやり直しです。
通常、理解のレベルは0→1→2→3→4→5→…
という段階を経て上がっていきますが「0→1→2」くらいまでは記憶に定着し辛く、0に戻りやすい性質をもっているようなイメージです。
逆に言えばこの「0→1→2」を反復作業によって乗り超え、「3」まで行けばある程度忘れない記憶として刻むことが出来るということです。
結局、英会話・プログラミングは勉強したほうが良いのか!?
・出来るに越したことは無いし、出来なくてもそこまで困らない。
・体質に合っているならやる。合っていないなら諦める。
ところで、プログラミングと英会話って似ていると思いませんか?
確かにそうですね。
でも私が言いたいのは、勉強する時のモチベーションやマインドの部分です。
これまでの私の人生の中で、必要かもしれないけど避けてきたものが2つあります。
それが、プログラミングと英会話。
この2つって仕事で使う人(海外勤務やプログラマなど)を除いて、出来る必要ってないですよね?
現にプログラミングも英会話もできない人は日本にいくらでも居ます。出来なくて困るのは街で外国人に尋ねられた時や海外に行った時。
それでも、最近はグーグル翻訳などでほぼノータイムでライブ翻訳してくれますから、出来なくてもそこまで大きな問題はありません。
急に英語で話しかけられたらこうしましょう(実体験です)。
といってスマホを取り出し、翻訳アプリ起動。続けて
といって、向こうの言葉を翻訳しましょう。
あとは答えたい言葉を日本語で入力し、変換された画面を見せれば大丈夫です。でも、最低限の会話文は覚えておいたほうが良いですね。
実際、私は仕事で4年位の内に何度か外国の方の対応をしたことがありましたが、全てこれで乗り切りました。
私がいた職場では、一番若い職員が私だったということもあり、外国の方の対応は全て私に回ってきていました。ごくたまに、年に数回程度です。
当然、英語など喋れるはずもなく、最初の対応時はとても困りました。他に喋れる人がいるわけではないので、自分で対応するしかありません。でも、そういう環境に放り込まれると、意外にもなんとかなるものです。というよりも強引になんとかするしかありません。
とりあえずパソコンとスマホをフル活用し、リスニングで聞き取れた単語をググってはメモ、ググってはメモし、翻訳します(当時は喋っていることばをそのまま翻訳するというものが主流にはなっていなかったので)。
どうしても聞き取れないものは、紙に書いて貰いました。もはや筆談ですね。でもちゃんと伝わります。
こうして初回対応時は慌てたものの、それ以降は同じようにネットを使いながらコミュニケーションをとり、精度の高い翻訳ツールがリリースされてからはそれを使いました。
勿論向こうが怒ることはありませんでしたし、むしろ笑顔で感謝して頂けました。
日本では英語が通じないことが普通だと思われているようです。やりとりが出来るだけで外国の方としてはありがたいということなのでしょうか。
そう思った人は、その気持を大切に是非英会話の勉強をはじめて下さい。
最終的には、どういう理由であってもモチベーションの維持が全てです。
私にはそれが維持できませんでした。
技術の進歩とツールでなんとかなるということに納得してしまったのがいけなかったのかもしれません。
英会話・プログラミングネイティブの時代が来る
とは言いつつも、これからは英会話・プログラミングネイティブの時代がやって来ます。
2020年近辺では教育の大改革が起こり、子どもたちの学びが大幅に変わるのです。
それは「学習指導要領の改訂」であったり、「大学入試制度の大幅な見直し」であったり。
そして、学習指導要領の改訂に伴い、プログラミングや英語は小学校の課程から教科として学び始めることとなります。
(文部科学省HP 学習指導要領「生きる力」:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm)
所謂、今の若者と呼ばれる世代では、パソコンを使って文書を作ったり表計算ソフトを使うことは、珍しくありません。
教育を受ける段階で、そういった操作の基礎などをしっかり学んだからです。
ですが、30年前ではどうだったでしょうか。
パソコンはまだ一般的な消費財とは言えず、学校でもそこまで深くは学ばない。
扱える人は多くなかったと思います。
これと同様の流れが10年後くらいには起きるかもしれません。
IT人材不足×国際化
今後、IT×グローバル化の流れはますます強くなり、経済産業省の調べでは2020年に36.9万人、2030年には78.9万人ものIT人材が不足すると言われています。
現在でもIT分野での人材不足は深刻ですが、人口減少も相まって更にそれが加速するということです。
皆さんはこれをどう捉えるでしょうか?
私はチャンスだと思います。これだけの将来予測が立っているのであれば、この分野を捨てるわけにはいきません。
環境との親和性
ただ、英会話・プログラミングネイティブの時代が来たからと言って、絶対に出来なければならないとは限りません。
インターネットが爆発的に広がり、どの業種でもIT化が進んだ現代においては「パソコン」は必要不可欠になりました。
ですからパソコンネイティブではない世代の人は苦労があったと思います。
これからの時代はどうでしょうか。
皆さんの後に入ってくる新人職員は英語ペラペラ、ITの知識バッチリ。
それが当たり前になったときに、自分はどうありたいか。それが大事なのではないでしょうか。
結局必要なのは自分の置かれた環境との親和性だと思います。
自分のキャリアプランや業界の将来性を見越し、グローバル化・IT化の流れが不可避であるならば、それに対応するスキルの取得も不可避です。
そんなものは必要ない。その頃には管理する立場に立っているから、もっと他に学ぶべきことはたくさんある。というのも一つのありかただと思います。
私がこれから歩く道においては、プログラミングを始めとする「IT」の素養が必要不可欠だと考えています。
もちろん、グローバル化の流れも強くなるでしょうから英会話も出来れば尚良し…。ですが、英会話や言語的障壁に関しては技術的な解決が図られると踏んでいるのである程度楽観的です。
苦手意識からくる「逃げ」でもありますが、限られた時間を有効に使うにはあれもこれもやっているわけにもいきません。
今はIT素養やその他必要な知識を身に着け、英会話は技術の進歩にかける。
現状で自分の進む道や環境に合ったベストな選択はこれだと思っています。
という訳で、出来るかどうかは別にして、とりあえずプログラミングの勉強を始めるという結論に繋がります。
今後はどうやって勉強を進めるか、その進捗などを記事にできるといいかなと目論んでいます。